長野地方裁判所 昭和56年(行ウ)13号 判決 1990年2月22日
長野県諏訪市湯の脇二丁目五番一〇号
原告
菊池寅太郎
右訴訟代理人弁護士
木嶋日出夫
同
毛利正道
右訴訟復代理人弁護士
林豊太郎
同市清水二丁目五番二二号
被告
諏訪税務署長
田染宗男
右指定代理人
萩原英紀
同
赤穂雅之
同
松岡敬八郎
同
河原宏
同
小林勝
同
猿山利晴
同
玉木英一
同
松沢敏幸
主文
一 本件各訴えのうち、被告が昭和五三年一一月一一日付でした原告に対する
1 昭和五〇年分所得税の更正処分につき、総所得金額八六万四六〇〇円を超えない部分
2 昭和五一年分所得税の更正処分につき、総所得金額九三万三九〇〇円を超えない部分
3 昭和五二年分所得税の更正処分につき、総所得金額一二八万八三六四円を超えない部分をいずれも却下する。
二 その余の原告の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告
1 被告が昭和五三年一一月一一日付でした原告に対する昭和五〇年分、昭和五一年分及び昭和五二年分(以下「本件係争年分」という。)の所得税の各更正処分並びに過少申告加算税の各賦課決定処分(以下「本件各処分」という。)をいずれも取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 被告
主文同旨
第二当事者の主張
一 原告・請求原因
1 原告は、居住地において、青果物小売業を営む者であつて、本件係争年分の各所得税について、青色申告書以外の申告書により、別紙一ないし三の各「確定申告」欄記載のとおり各確定申告をしたところ、被告は、別紙一ないし三の各「更正及び加算税の賦課決定」欄記載のとおり本件各処分をした。
2 原告は、別紙一ないし三の各「異議申立て」欄及び各「審査請求」欄記載のとおり、本件各処分に対し異議を、異議棄却決定に対し審査請求を各申し立てたが、いずれも棄却され、昭和五六年一〇月九日、審査請求に対する裁決書の送達を受けた。
3 本件各処分には、推計の必要性及び推計の合理性を欠く違法性がある。
4 よつて、原告は、被告に対し本件各処分の取消しを求める。
二 被告・本案前の答弁の理由
原告は、本件各処分の全部についてその取消しを求めているが、本件各処分のうち原告の申告にかかる総所得金額を超えない部分については、原告にはその取消しを求める法律上の利益がないから、本件各訴えのうち右部分は却下されるべきである。
三 被告・認否
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2の事実のうち、原告が昭和五六年一〇月九日、審査請求に対する裁決書の送達を受けたことは知らず、その余の事実は認める。
3 同3の主張は争う。
四 被告・抗弁
1 本件各処分にかかる調査の経緯と推計課税の必要性について
(一) 被告は、本件係争年分における原告の確定申告書を審理したところ、右年分の申告所得金額が原告の営業規模及び同業者の所得申告状況等からみて過少であると推定されたこと並びに数年間原告の所得税調査を実施していなかつたことから、原告の右年分の所得税について調査の必要を認め、これを実施することとした。
(二) 調査の経緯は、次のとおりである。
(1) 被告所部の北原及び鮎澤の両係官(以下「被告両係官」という。)は、所得税調査のため昭和五三年七月二五日に原告宅に臨場した。応対した原告は、被告両係官の質問に対し、原告の取扱商品、仕入先の名称、従業員と家族の状況、売上金の管理方法、店舗の坪数とその改装時期及び改装金額等を概括的に説明した後、確定申告書の所得金額の計算方法については「売上は、仕入よりみた。その資料はない。」と説明した。更に被告両係官が雑収入等の会計処理方法等の質問を続けると、「忘れた。忙しい。」と答えるのみでそれ以上の調査には応じず、非協力な態度を示した。
やむなく被告両係官は当日の調査を打ち切り次回の調査日時について原告の都合の良い日を尋ねると、原告は、「連絡する。」と答え、具体的な日時は指定しなかつた。そこで被告両係官は、原告に今後の調査協力を要請して原告宅を辞去した。
(2) その後原告から連絡がなかつたため、被告両係官は数回にわたり原告に電話連絡し、原告の都合を聞いたが、応対した原告は、その都度「都合は分からない。」、「忙しくてだめだ。」、「民商は盆過ぎの方がいいと言つている。」等と答え、調査に応じようとしなかつた。
そこで被告両係官は、原告の調査協力を得るため、昭和五三年八月二日及び同月九日(同月七日に電話で臨場通知)の二度にわたり原告宅に臨場したが、応対した原告は、「都合のいい日は後で連絡する。」、「特別な用事はないが、民商は盆過ぎがいいと言つている。」等と答えるだけで、調査に応じられない具体的かつ明確な理由を説明せず、かつ被告両係官の調査協力の要請をかえりみようともしなかつた。
(3) その後、被告両係官の電話連絡に答えた原告が、調査に応じられる日を昭和五三年八月二二日とようやく指定したことから、同日、被告両係官は原告宅に臨場した。
被告両係官が原告に案内されて原告宅の二階の部屋に通されたところ、直ちに原告は民主商工会員ら(以下「会員ら」という。)六名を同室に導き、会員らのうち一名はテープレコーダーをセツトし、更に他の一名はカメラを構えたので被告両係官がテープ等の排除を要請したのに対し会員らは、「あんたらも持つて来て取ればいいではないか。」等と言つて応じないばかりか被告両係官の会員らに対する立退き要請に対し原告及び会員らは、「我々は委任されて来たんだ。」等と言い全く応じない姿勢を明らかにした。
そして会員らは、口々に「なぜ事前通知なしで来たのか。」、「菊池屋のどこに脱税容疑があるのか。」、「調査理由を開示せよ。」等と怒号して被告両係官に迫り、原告本人も調査協力要請に全く応じる様子はなくその場は騒然とした状況となつた。
そこで被告両係官は、原告宅での調査は実施不能と判断し、「このような状態が続くなら、税務署独自で調査をやりますから。」と原告に告げて原告宅を辞去した。
(4) その後も被告両係官は、右推計計算のための調査を進めながらも、なお実額把握による方法に望みを託して原告の調査に対する協力を得るべく数回にわたり電話あるいは原告宅に赴いて原告と面接したが、原告は、その都度「民商の支部長と相談する。」等と言うだけで、調査に非協力な態度に終始した。
(5) かくて、被告は、原告の調査協力により、本件係争年分の所得金額を実額により把握することは不可能であると判断し、被告の反面調査によつて判明した原告の仕入金額(別表一記載のとおり)を基礎として所得税法一五六条に基づき本件係争年分の原告の所得金額を推計し、原告の所得金額を算出し、本件各処分を行つた。
(三) 原告は、本件各処分を不服として昭和五四年一月一一日、被告に対し異議申立てを行い、本件各処分の取消しを求めたので、被告は、原告の異議申立てについて調査及び審理を行い、被告所部係官をして原告に面接させたにもかかわらず、原告は、その所得計算に必要な資料の提示及び説明は一切行わず、異議申立ての調査及び審理を拒否したものである。
2 課税総所得金額について
本訴において、被告が主張する原告の本件係争年分の課税総所得金額と、原告の確定申告による同金額及び本件各処分による同金額とを対比して示せば、次表のとおりである。
<省略>
3 昭和五〇年分の課税総所得金額の計算根拠について
被告主張に係る原告の昭和五〇年分の課税総所得金額四三四万五〇〇〇円の計算根拠は、次表のとおりである。
<省略>
右表の内容を項目別に明らかにすると、次のとおりである。
(一) 売上金額 四五三一万六八三一円
(1) 反面調査により把握した原告の当年分の仕入金額三六五七万五二一五円(別表一の昭和五〇年分欄参照)を当年分の売上原価とし、当該金額を同業者の売上金額に占める売上原価の平均割合(以下「平均売上原価率」という。その計算は「一-平均差益率」である。後記(2)参照、以下昭和五一年分、同五二年分についても同じ。)八〇・七一パーセントで除して算定した。
これを算式に示せば次のとおりである。
(仕入金額) (平均売上減価率) (売上金額)
36,575,215(円)÷0.8071=45,316,831(円)
(2) 平均差益率一九・二九パーセントの算出方法は、次のとおりである。
ア 同業者の抽出及び基礎係数
原告の住所地(納税地)が諏訪市にあることから、同市及び隣接の岡谷市、諏訪郡下諏訪町における個人事業者で、次のいずれの条件にも該当する者(以下「本件同業者」という。)一九名を関東信越国税局長が発した通達に基づき抽出し、本件同業者について差益率(売上金額に占める総利益の割合)を算出し、これを平均差益率算出のための基礎係数とした。
その具体的な内容は別表二の一の1のとおりである。
(ア) 昭和五〇年において、暦年を通じて青果物小売業(各種食料品、日用品及び雑貨の小売を含む。)を継続して営んでいる者で、年の中途において開廃、転業等業態の変更のない者であること。
(イ) 小売のための店舗を有する者であること。
(ウ) 所得税青色申告決算書を提出している者であること。
(エ) 当該年分について、税務署長から更正処分を受け、これに対して不服申立てを行い、係争中の者でないこと。
イ 平均差益率の算定
アにより抽出した別表二の一の1に掲げる基礎係数のうちに異例な係数が含まれていると、これを単に算術平均して求めた平均値は、適正な平均値とはいえないので、統計学上一般に認められている方式を用いて異例値を求め、これを除外することとした。
すなわち、まず基礎係数の算術平均を求め、各係数と算術平均との開差をいわゆる偏差を算出し、次にこの偏差を自乗したものを算術平均して得た数値を平方に開いて、所得率の標準偏差を求め、これに統計学上一般に用いられている係数一・五を乗じて限界値を求め、更に、基礎係数の算術平均に限界値を加算もしくは減算することによつて適正な平均値を得るのに有効な基礎係数の上限及び下限を求めて、その範囲内にある基礎係数のみに基づいて平均値(同業者の平均差益率)を計算したからその計算は、同表の1及び2、3のとおりであり、その結果は一九・二九パーセントである。
なお、これにより平均売上原価率はその一〇〇パーセントとの差である八〇・七一パーセントとなる(以下昭和五一年、同五二年分についても同様の算出方法である。)。
(二) 算出所得金額 五三九万七二三四円
売上金額四五三一万六八三一円に、平均算出所得率一一・九パーセントを乗じて算定した。これを算式に示せば、次のとおりである。
(売上金額) (平均算出所得率) (算出所得金額)
45,316,831(円)×0.1191=5,397,234(円)
右平均算出所得率の算出方法は、前述の平均差益率を算出した場合と同一の同業者における算出所得金額率(売上に対する算出所得の占める割合)を基礎として算出したものでその算出方法は平均差益率の算出と同一の方法によつたものでその計算は別表三の一のとおりである(以下昭和五二年分、同五二年分についても同様の算出方法である。)
(三) 特別経費(建物減価償却費) 一〇万九七五二円
原告の申立てにより、原告が昭和四二年に取得したとする木造モルタル造り二階建て店舗併用住宅の店舗部分に係る当年分の減価償却費である。右計算内容は次のとおりである。
<省略>
<省略>
(四) 事業専従者控除額 八〇万円
原告の確定申告額である。
(五) 事業所得の金額 四四八万七四八二円
前記算出所得金額五三九万七二三四円から前記特別経費一〇万九七五二円及び前記事業専従者控除額八〇万を控除して算定した。
(六) 不動産所得の金額 二九万円
原告の確定申告額である。
(七) 総所得金額 四七七万七四八二円
前記事業所得金額四四八万七四八二円と前記不動産所得金額二九万円との合計額である。
(八) 所得控除額 四三万一六六〇円
所得控除額の内容は、次表のとおりである。
<省略>
右表の項目別内容は、次のとおりである。
(1) 社会保険料控除 一〇万六六六〇円
国民健康保険税八万二六〇円と国民年金掛金二万六四〇〇円との合計額である。
(2) 生命保険料控除 五万円
(3) 損害保険料控除 一万五〇〇〇円
(4) 基礎控除 二六万円
(2)ないし(4)は、いずれも原告の確定申告額である。
(九) 課税所得金額 四三四万五〇〇〇円
これは、前記総所得金額四七七万七四八二円から前記所得控除額四三万一六六〇円を控除して算定した。
なお、千円未満の端数は切り捨て(国税通則法一一八条一項、以下昭和五一年分、同五二年分についても同じ。)
4 昭和五一年分の課税処分の計算根拠について
被告主張に係る原告の昭和五一年分の課税総所得金額五九八万六二六六円の計算根拠は、次表のとおりである。
<省略>
右表の内容を項目別に明らかにすると、次のとおりである。
(一) 売上金額 五四五八万二九三一円
原告の当年分の仕入金額四四三一万〇四二四円(別表の昭和五一年分欄参照)を平均売上原価率八一・一八パーセントで除して算定した。これを算式に示せば次のとおりである。
(仕入金額) (平均売上原価率) (売上金額)
44,310,424(円)÷0.8118=54,582,931(円)
右平均売上原価率の算出方法は、昭和五〇年分と同様であり、その内容は別表二の二のとおりである。
(二) 算出所得金額 六六七万九五二八円
これは、売上金額五四五八万二九三一円に平均算出所得率一二・二五パーセントを乗じて算定した。これを算式に示せば、次のとおりである。
(売上金額) (平均算出所得率) (算出所得金額)
54,582,931(円)×0.1225=6,686,409(円)
右平均算出所得率の算出方法は、昭和五〇年分と同様であり、その計算は別表三の二のとおりである。
(三) 特別経費(建物減価償却費) 一〇万九七五二円
昭和五〇年分と同様である。
(四) 事業専従者控除額 四〇万円
原告の確定申告額である。
(五) 事業所得の金額 六一七万六六五七円
前記算出所得金額六六七万九五二八円から、前記特別経費一〇万九七五二円及び前記事業専従者控除額四〇万円を控除して算定した。
(六) 不動産所得の金額 二七万円
原告の確定申告額である。
(七) 総所得金額 六四四万六六五七円
前記事業所得金額六一七万六六五七円と前記不動産所得金額二七万円との合計額である。
(八) 所得控除額 四五万三五一〇円
所得控除額の内訳は、次表のとおりである。
<省略>
右表の項目別内容は、次のとおりである。
(1) 社会保険料控除 一二万八五一〇円
これは、国民健康保険税九万六七一〇円と国民年金掛金三万一八〇〇円との合計額である。
(2) 生命保険料控除 五万円
(3) 損害保険料控除 一万五〇〇〇円
(4) 基礎控除 二六万円
(2)ないし(4)は、いずれも原告の確定申告額である。
(九) 課税総所得金額 五九九万三〇〇〇円
前記総所得金額六四四万六六五七円から、前記所得控除額四五万三五一〇円を控除して算定した。
5 昭和五二年分の課税処分の計算根拠について
被告主張に係る原告の昭和五二年分の課税総所得金額五〇九万五〇〇〇円の計算根拠は、次表のとおりである。
<省略>
右表の内容を項目別に明らかにすると、次のとおりである。
(一) 売上金額 五六七六万八六一二円
原告の当年分の仕入金額四五六七万六〇二六円(別表一の昭和五二年分欄参照)を平均売上原価率八〇・四六パーセントで除して算定した。これを算式に示せば次のとおりである。
(仕入金額) (平均売上原価率) (売上金額)
45,676,026(円)÷0.8046=56,768,612(円)
右平均売上原価率の算出方法は、昭和五〇年分と同様であり、その内容は別表二の三のとおりである。
(二) 算出所得金額 七一一万三一〇七円
売上金額五六七六万八六一二円に平均算出所得率一二・五三パーセントを乗じて算定した。これを算式に示せば、次のとおりである。
(売上金額) (平均算出所得率) (算出所得金額)
56,768,612(円)×0.1253=7,113,107(円)
右平均算出所得率の算出方法は、昭和五〇年分と同様であり、その計算は別表三の三のとおりである。
(三) 特別経費(建物減価償却費) 一〇万九七五二円
昭和五〇年分と同様である。
(四) 事業専従者控除額 八〇万円
原告の確定申告額である。
(五) 事業所得の金額(総所得金額)六二〇万三三五五円
前記算出所得金額七一一万三一七〇円から前記特別経費一〇万九七五二円及び前記事業専従者控除額八〇万円を控除して算定した。
(六) 所得控除額 一一〇万八〇九〇円
所得控除額の内訳は、次表のとおりである。
<省略>
右表の項目別内容は、次のとおりである。
(1) 社会保険料控除 一七万三〇九〇円
国民健康保険税一二万五〇九〇円と国民年金掛金四万八〇〇〇円との合計額である。
(2) 生命保険料控除 五万円
(3) 損害保険料控除 一万五〇〇〇円
(4) 配偶者控除 二九万円
(5) 扶養控除 二九万円
(6) 基礎控除 二九万円
(2)ないし(6)は、いずれも原告の確定申告額である。
(七) 課税総所得金額 五〇九万五〇〇〇円
前記総所得金額六二〇万三三五五円から、前記所得控除額一一〇万八〇九〇円を控除して算定した。
6 各更正処分の適法性について
以上述べたとおり、原告の本件係争年分の課税総所得金額は、昭和五〇年分四三四万五〇〇〇円、昭和五一年分五九九万三〇〇〇円、昭和五二年分五〇九万五〇〇〇円となるのであつて右各金額の範囲内でなされた各更正処分は適法である。
7 各過少申告加算税賦課決定処分の適法性について
各更正処分により納付すべき所得税額の各計算の基礎となつた事実のうちには、いずれの年分についても、国税通則法六五条項に規定する「正当な理由」が認められなかつたので、被告は、同条一項の規定に基づき各更正処分により納付すべき係争年分の所得税額にそれぞれ一〇〇分の五の割合を乗じて計算した金額を過少申告加算税として賦課決定したものであり、その各決定処分も適法である。
五 原告・認否及び反論
1 抗弁1(一)の事実は否認する。
2 同(二)の事実のうち、被告両係官が昭和五三年七月二五日に原告宅に臨場したこと、原告指定の同年八月二二日に税務調査が行われたこと、その後被告両係官が数回にわたり電話あるいは原告宅に赴いたことは認め、その余の事実は否認する。
(一) 被告両係官は、原告の所得税調査のため、昭和五三年七月二五日、同年八月二日及び同月九日の三回にわたり事前通知なく原告宅に臨場した。
原告は、被告に違法不当な調査をさせない目的で、諏訪地方民主商工会(以下「民商」という。)の会員である四名の者に調査の立会を依頼し、同月二二日には、依頼を受けた四名が調査が適正に行われることを監視するために立ち会つていたところ、被告両係官は、再三事前通知なしで原告宅に臨場した理由を明示せず、「立会人がいては調査できない。」と述べて調査を行わずに二時間で帰庁し、その後直ちにいわゆる反面調査を行い、本件各処分がなされた(以下、右四回の臨場及び反面調査を「本件調査」という。)。
(二) これまでに、民商の役員や会員の立会を伴つた税務調査が一回行われただけで直ちに反面調査に入つた例はなく、原告は、本件各処分が行われることは全く予想していなかつた。民商としては、民商が立ち会う第一回の調査当日には原則を貫くことを基本とするが、それ以降の調査については柔軟に対応し、場合によつては立会人なしで帳簿を示しての調査に応ずることもあり得るとの方針であつた。
(三) 推計の必要性の一要件として、納税者が調査に対し非協力的態度であることが必要であるが、その前提として当該税務調査が適法であることが必要である。
税務調査が適法であるためには、税務調査の具体的かつ客観的必要性があること、税務調査と納税者の私的利益との均衡を失せず、社会通念上相当な限度にとどまる方法によること、税務職員の具体的な判断が合理的であることが一般的要件であつて、事前通知及び調査理由の告知の必要性も具体的事案によつては要求される。
また、納税者が所得税法二三四条に基づく税務署の質問調査権の行使を受けるに際し、自己の信頼する者に、不当な調査をさせないために立会を依頼する権利は何人も侵すことができないものである。
したがつて、三度にわたつて事前通知なきまま原告宅に臨場し、正当な理由がないのに立会人の排除を求め、従前の経験に基づく原告の予想を明確な言辞もないまま一方的に裏切り、反面調査を行い、本件各処分に進むという不意打ちを原告に与えた点で本件調査は違法である。
よつて、本件各処分は、推計の必要性の要件を欠き違法な処分である。
3 同2の事実のうち、各確定申告額欄及び各更正処分額欄は認める。
4 同3の事実のうち、(一)の仕入金額別表一昭和五〇年分欄の順号(以下、単に番号のみを記す。)1、3ないし5、10、16ないし20、26、29ないし31、34及び35並びに(六)及び(八)ないし(4)は認め、その余は否認する。
はじめ右(一)の同表同欄の8については認めたが、それは事実に反する陳述で錯誤に基づいてしたものであるから、その自白を撤回し、否認する。
右各否認した仕入金額は別表四及び別表八仕入高検討表「原告主張額」の「K主張額」欄の各昭和五〇年分欄記載のとおりである(別表四順号40のうち、判明した仕入れ金額は、別表五のとおりである。別表五に記載した項目には、その備考欄記載のとおり、別表一順号37以前の順号に対応して主張すべきものがあり、別表八仕入高検討表「原告主張額」の「K主張額」欄においては、対応させて主張している。以下昭和五一分年及び昭和五二年分についても同じ。)
なお、原告は後記(六)原告・再抗弁1における実額主張においては、別表四における仕入金額を主張しているが、再抗弁2における推計による主張においては、右各否認した仕入金額のうち、別表一昭和五〇年分欄の9、13、14、36を自らの主張として採用している。
(推計の合理性については後記8)
5 同4の事実のうち、(一)の仕入金額別表一昭和五一年分欄の1、3ないし5、8、10、16ないし31、35及び37、(六)及び(八)(2)ないし(4)は認め、その余は否認する。
右各否認した仕入金額は別表四及び別表八仕入高検討表「原告主張額」の「K主張額」欄の各昭和五一年分欄記載のとおりである。
なお、原告は後記六原告・再抗弁1における実額主張においては、別表四における仕入金額を主張しているが、再抗弁2における推計による主張においては、右各否認した仕入金額のうち、別表一昭和五一年分欄の9、11、14、36を自らの主張として採用している。
(推計の合理性については後記8)。
6 同5の事実のうち、(一)の仕入金額別表一昭和五二年分欄の1、3ないし5、10、16ないし22、24ないし30、33ないし35並びに(六)(2)ないし(6)は認め、その余は否認する。
はじめ(一)の同表同欄の8については認めたが、それは事実に反する陳述で錯誤に基づいてしたものであるから、その自白を撤回し、否認する。
右各否認した仕入金額は別表四及び別表八仕入高検討表「原告主張額」の「K主張額」欄の各昭和五二年分欄記載のとおりである。
なお、原告は後記六原告・再抗弁1における実額主張においては、別表四における仕入金額を主張しているが、再抗弁2における推計による主張においては、右各否認した仕入金額のうち、別表一昭和五二年分欄の9、11、13、14、23を自らの主張として採用している。
(推計の合理性については後記8)
7 抗弁6及び同7の主張は争う。
8 被告主張の推計方法は、概括的にすぎるから所得税法一五六条に違反するものであり、同業者を抽出する基準において、次に指摘する不合理がある。
(一) 被告主張の同業者数は、対象区域の同業者数に比してあまりに少ないこと。
昭和五一年三月現在、公設市場の青果部または青果部水産部両者に登録している下諏訪町の業者は五二名、同じく岡谷市及び諏訪市の業者は二九六名であるから、これらの者に被告の基準を当てはめて抽出した者が一九または二〇名にすぎないとは考え難い。
そして、被告は、原処分庁が対象としなかつた下諏訪町の同業者をも対象に加えたのに、同業者数は四あるいは五名増加したのみである。
(二) 原告の事業規模との類似性を考慮していないこと。
すなわち、
(1) 原処分時においては、売上原価及び立地条件の点で原告と類似していない者を除外したもののようであるところ、本件同業者の数値は、原処分時の同業者平均に比べ、差益率で三・〇七ないし六・八四パーセント、所得率で二・八五ないし九・九パーセントいずれも高い。
(2) 売上原価の点で原告のそれの一三〇ないし七〇パーセントの範囲内にある者は昭和五〇年及び昭和五二年三名、昭和五一年一名のみである。
また、昭和五一年分の本件同業者間で比較すると、売上金額については最低と最高で二七倍、売上原価では最低と最高で七倍、差益率では約二倍、所得率では約三倍の開きがある。
(3) 原告は、青果物を全体の半分ないし半分以上扱つているが、他に一般食料品、雑貨及び水産加工物なども扱つており、原告の業種にはこうした複合形態をとる業者は多いが、被告が青果物を扱う業者の中から、青果物を主とする同業者のみを選出した保証はない。
(4) 被告主張の比準同業者のなかには昭和五〇年から昭和五二年の間に著しく営業状態に変化をきたした者がある。
(5) 被告主張の所得率は特別経費控除前所得の対売上高により算出されたものであるところ、雇人を雇つている場合、売上高が増し、雇人費は特別経費であるため、雇人を雇つていない場合に比べて右所得率は高くなる可能性がある。しかるに、被告は、本件同業者抽出の際、原告が雇人を雇用していないことを考慮していない。
(6) 被告は本件同業者抽出の際、店舗面積の比較をしていない。
(三) また、原告が青果物小売業を営む地域は、昔から諏訪市豊田方面に農地の存する半農地帯、すなわち元々青果物を販売することに難しさのある地帯であるうえ、セブンイレブン上諏訪駅前支店、丸八フード、ホカリ魚店、河西商店、和泉屋食品店及び豊や鮮魚店など多数の同業者が存在し、しかも諏訪精工舎消費者生活協同組合とミヨシヤスーパー両大型に挟まれた過当競争地域であり、原告の如き薄利多売の零細小売業者の差益率は著しく低いと推測されるのに、被告は、右地域の特性を何ら考慮していない。
(右8に対する被告の認否及び反論)
(一) 同8(一)及び(二)の主張に対して
本件同業者は、前述の基準に従つて機械的に抽出されたものであつて、原処分庁において抽出した業者全員が含まれているわけではなく、卸売業者、青果物の取扱いが五〇パーセントを超えない業者(したがつて、スーパーマーケット形式の総合食料品店は本件同業者には含まれていない。)漬物業者、惣菜・弁当等製造業者で食料品の小売を業としていない業者等は含まれていない。
また、原告が主張する点のすべてにわたり、原告と類似性を有する同業者を抽出することは極めて困難であり、たとえ抽出し得たとしても、これを基礎とする推計はかえつて普遍性を欠き、適正な所得が算出されないことになるおそれがある。
また、個人の青果物小売業の場合、売上原価の大小によつて平均差益率及び平均算出所得率に雇用人の有無や店舗面積の相違によつて所得率に、いずれもあまり差の生じないのが通例である。
(二) 同八8(三)の事実のうち、諏訪精工舎消費者生活協同組合、ミヨシヤスーパー、丸八フード、ホカリ魚店、河西商店、和泉屋食品店及び豊や鮮魚店が当時存在したことは認め(セブンイレブン上諏訪駅前支店は当時存しなかつた。)、原告が青果物小売業を営む地域が過当地域であることは知らず、その主張は争う。
六 原告・再抗弁
1 実額主張
(一) 原告の本件係争年分における売上金額は、別表六の売上高:記載のとおりであり、同課税所得金額は同表課税所得金額欄記載のとおりである《なお、別表六昭和五一年の経費の合計に誤りがあり、そのため後の計算も誤つている。》。
(二) 原告の本件係争年分における仕入金額は、別表六の仕入高欄記載のとおりである。その内訳は、別表八仕入高検討表「原告主張額」欄の「K主張額」欄記載のとおりである。
(三) 昭和五九年三月三一日成立の所得税改正法により、所得税法は所得三〇〇〇万円を超えるいわゆる白色申告納税者(全体の一割)に対し、簡易な方法による記帳を義務づけたが、義務者はこれに反しても罰せられず、課税取消請求訴訟において不利な扱いを受けるにとどまるのであり、しかもこれは新たに創設された義務であるから、原告は記帳していないことによつて、訴訟上不利益に扱われるべきではなく、したがつて、原告の実額立証は高度なものであることを要せず、平均的な納税者にとつて立証可能な方途であれば足りると解するべきである。
2 原告は、より合理的な推計方法として別表七記載のとおり、主位的及び予備的に推計による所得金額を主張する《別表七主位的主張51年分<6>に計算の誤りがあり、そのため同<8>、<11>欄も誤つている。》。
(一) 主位的主張
(1) 別表七推計による所得(主位的)<1>欄及び<2>欄
売上金額は、原告が原告の仕入及び売上を毎日記載し、所得税の確定申告の基礎としていたノート(以下「黒ノート」という。)の売上を集計した各数額
自家消費分は、原告の生活費である一三万ないし一六万円の最大値一六万円の三割の一二か月分
総売上金額は、売上金額と自家消費分の各合計額
(2) 同表<3>欄仕入金額
別表仕入高検討表八「原告の最終主張額」欄記載のとおり。
同検討表において「K」とは「原告主張」欄の「K主張額」欄記載の各数額をそれぞれKとし、この額を主張するという趣旨、同じくBとは、「被告主張額」欄の「B主張額」欄記載の各数額をそれぞれBとし、この額を主張するという趣旨、同じく「KB」とは、原告主張」欄の「K主張額」欄記載の各数額と「被告主張額」欄の「B主張額」欄記載の各数額が一致し、これを主張するという趣旨である。
(3) 同表<4>一般経費率
本件同業者の各係争年分の平均差益率から同じく平均所得率を控除したもの。
(4) 同表<7>欄減算額
被告のかつての抗弁の各課税総所得金額計算根拠表の順号(二)の算出所得金額から(九)(昭和五二年分については(七))の課税総所得金額を差し引いた額《後に被告が主張を改めたため、現主張額とは一致しない。》。
(二) 予備的主張(本人率)
(1) 別表七推計による所得(予備的)<1>欄売上金額
仕入金額を昭和五四年ないし昭和五六年分の原告の青色申告決算書から算出した差益率の平均値一三・九パーセントを前提とした売上原価率(一マイナス一三・九パーセント)で除した額である。
(2) 右各年分の売上金額及び差益金額について
年度によつて営業形態の急変がない限り、係争年度の近年に信頼しうる数値があれば、比準同業者率よりも本人率の方が信用しうる。
原告は昭和五四年分から帳簿を備え付けて青色申告をなし、以後の三年分について係争は存しなかつたものである。
原告は、仕入商品の五パーセントは仕入値をそのまま売価とし、残り九五パーセントは仕入値に一割五分上乗せして売価としていたもので、売上金額欄の括弧内の記載は、この計算によつて計算した結果であり、毎年誤差八〇万円前後の範囲で前記本人率によつて算出した数値に近似している。
また、本件同業者のタは、売上金額が多額で差益率も前記原告の差益率と合致している。
(3) その余の欄は、主位的主張と同様である。
七 被告・認否及び反論
1 再抗弁1(一)の事実は否認する。
2 同1(二)の事実のうち、別表八仕入高検討表2、6、7、9、11ないし15、23(昭和五二年分のみ)、32、36は否認し、8(昭和五一年分を除く)、21ないし25(いずれも昭和五〇年分)、27及び28(いずれも昭和五〇年分)、31(昭和五二年分)、33(昭和五二年分を除く)、34(昭和五〇年分)、37(昭和五一年分を除く)及び38ないし40は不知、その余は認める。
3 同1(三)の主張について
申告納税制度のもとにおける納税者の実額主張の立証責任については、その主張する実額が真実の所得金額に合致することを合理的疑いを容れない程度に立証すべき必要があると解するべきである。
4 再抗弁2について
(一) 再抗弁2の事実については認否がない。
(二) 原告の主張する本人率は、正確性及び客観性を欠き、これにより真実の所得を推計するのは不合理である。
また、原告の主張する本人率は、本件各処分時存在しなかつたものであり、これによる所得の算出あるいは被告の同業者率による推計の合理性の判断が許されるとしたならば、推計課税による課税処分を困難なものとし、課税処分後に不正確な青色申告をすることによつて容易に課税庁による推計課税を覆し得ることになるおそれがあるなど課税実務が混乱する。
また、原告が本人率適用の基礎とした仕入金額は信用できるものではない。
第三証拠
証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりである。
理由
一 請求原因1及び2の事実は、原告が昭和五六年一〇月九日に審査請求に対する裁決書の送達を受けたことを除き当事者間に争いがなく、右送達の事実は、弁論の全趣旨によりこれを認めることができ、この認定に反する証拠はない。
二 訴え却下部分について
原告は、本件各処分の全部についてその取消しを求めているものであるが、本件各処分のうち原告の申告にかかる総所得金額を超えない部分については、原告にはその取消しを求める法律上の利益がなく、前記のとおり、本件係争年分の原告の申告にかかる総所得金額は、別紙一ないし三の各確定申告欄の総所得金額欄記載のとおりである。
したがつて、その余の点について判断するまでもなく、本件各訴えのうち、本件各処分のうちの右各記載金額を超えない部分はいずれも却下を免れない。
三 推計の必要性について
1 前記一の事実、成立に争いのない乙第一ないし第三号証の各一、二、証人北原今朝幸、同栗田勝及び同塩原孝二の各証言並びに原告本人尋問の結果と弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。
(一) 被告が本件係争年分にかかる原告の提出した各確定申告書を審理したところ、右年分の申告所得金額が原告の営業規模及び同業者の所得申告の状況等からみて過少であると推定されたこと並びに数年間原告の所得税調査を実施していなかつたことから、原告の右年分の所得税について調査の必要を認め、これを実施することとした。
右各確定申告書には、収入金額及び必要経費の記入がなく、原告の取引先にかかる調査から取得した原告の仕入に関する資料等からみても、申告所得金額は、過少であると思われた。
(二) 被告両係官は、原告の所得税調査のため、事前に通知せずに昭和五三年七月二五日一時三〇分ころ、原告宅に臨場し、「永年調査してないので、所得金額の確認に来ました。」と告げ、本件係争年分の所得について尋ねたところ、原告は、原告の取扱商品、仕入先の名称、従業員と家族の状況、借入金の存否、売上金の管理方法、店舗の坪数とその改築時期及び改築金額を概括的に説明したものの、前記各確定申告書の所得金額の計算方法についての返事はあいまいで、仕入は金額を市場で聞いて、それを民商へ持つていつて計算してもらつた、民商には、仕入については、メモを、経費については紙に書いておいたので、それを一年分まとめて持つて行つたが、メモはもう捨ててしまつた旨説明し、更に被告両係官から雑収入等の会計処理方法等の質問を受けると、忘れた、今は忙しい旨答えるのみてあり、事業に関することを記録した帳簿や領収書などは存在しない旨答えた。
そこで、被告両係官はその日の調査を打ち切り、次回の調査日時について原告の都合のよい日を尋ねると、原告は、連絡する旨答え、具体的な日時は指定しなかつた。
その後原告から連絡がなかつたため、被告両係官、数回にわたり原告に電話連絡し、原告の都合を聞いたが、原告は、「忙しくてだめだ」等と答え指定しなかつた。
被告両係官は、事前に通知せずに同年八月二日に原告宅に臨場したが、原告は、配達に忙しい、盆前で忙しい、民商は盆過ぎの方がいいと言つているので私もそうする旨答え、被告両係官の質問には答えず、資料がないの一点張りで、医者に行かなければならない。盆前で忙しい、また連絡すると答えるだけであつたので、被告両係官は、当日の調査を打ち切つた。
被告両係官が五日ほど前に同月九日に臨場する旨原告に通知したところ、原告は来ても調査に応じられない旨述べたが、被告両係官が同月九日に原告宅に臨場したところ、原告は急用ができたとして外出してしまい、当日は調査できなかつた。
(三) その後、原告が調査に応じられる日として民商が同月二二日午後一時を指定し、同日、被告両係官は、原告宅に臨場した。
この日、民商としては、調査に応じる方針を、<1>事前通知しなかつたことについての釈明を求める、<2>立会人を認めるよう要求する、<3>原告への調査理由を開示してもらうこととし、また民商が臨席する第一回目の調査においては、原則を貫くことを基本原則とし、二回目以降は本人及び原告の所属する民商内の班と検討して対応する方針でいた。
被告両係官は、原告に案内されて原告宅の二階の部屋に通されたが、続けて原告が当時民商の税務担当理事であつた栗田勝や事務局員の塩原孝二ら民商の会員約六名を同室に通したので、原告に対して一緒に来た人たちについて尋ねたところ、右会員らは、「我々は委任されて来たんだ。」と答え、帳簿その他領収書等は用意されておらず、原告には税務調査に応じる姿勢が窺えなかつた。
会員らの一名が、テープレコーダーをセツトしたので、被告両係官がその排除を要請したが応じず、被告両係官らは、会員らに対し何度も立退きを要請したが、会員らは、口々に「なぜ事前通知なしで来たのか。」「菊池屋のどこに脱税容疑があるのか。」、「どこを調査するか言え。」、「ばかもん。」等と述べて被告両係官に対し執拗に迫り、被告両係官は会員らの質問に対して答えず、当日の調査は、約二時間にわたつて行われたが、その大半は会員らの事前通知をしなかつたことについての釈明要求に費やされ、立会の問題についても立会人の排除要求とその拒否の応酬や議論がなされた。
原告は、「通知がなくて、なんで協力できるのか。何回来てもらつても、この状態では」と述べたので、被告両係官は、原告宅での調査は実施不能と判断し、原告宅を辞去した。
(四) 原告及び栗田勝は、納税者に対する税務調査に民商の会員が一回臨席しただけで直接の調査が打ち切られて反面調査が行われた例を知らず、本件調査においても、更に被告両係官による原告宅の臨場が行われ、次の原告宅臨場について、被告両係官から連絡があるものと考えていたが、被告両係官からの連絡がないまま、原告に対する直接の調査が打ち切られて、反面調査が行われ、本件各処分が行われた。
2 なお、原告は、例年旧盆前は忙しく本件調査はその忙しい時期に行われた旨供述するが、これを裏付ける証拠はなく、逆に、成立に争いのない甲第四号証ないし第六号証(これらの信用性については後述する。)によれば、原告にとつて、七月下旬から八月上旬の間が他の時期に比して、仕入れ等のため、特に多忙な時期であるというわけではないことが窺われるから、原告の右供述を採用することはできない。
3 右1の事実からすれば、本件各処分の当時、原告の本件係争年分の所得税の算定については、収支実額の計算に必要な帳簿書類の不存在が原告により自認されていたうえ、被告両係官の行う調査についても原告の応答協力が得られないため、原告の所得金額を実額で把握することができなかつたことは明らかである。
4 原告は、推計の必要性の一要件たる納税者が調査に対して非協力的態度であることの前提として当該税務調査が適法であることが必要であるとし、本件調査は、三度にわたつて事前通知のないまま原告宅に臨場し、正当な理由がないのに立会人の排除を求め、従前の経験に基づく原告の予想を明確な言辞もないまま一方的に裏切り、反面調査を行い、本件各処分に進むという不意打ちを原告に与えた点で違法である旨主張するので検討する。
国税通則法二四条、所得税法二三四条一項には、税務職員が更正等の処分を行うに際し、税務調査としての質問検査をなしうる旨規定されているところ、右質問検査の範囲、程度時期、場所、方法等の実施の細目については実定法上特段の定めがあるわけではないのであるから、税務調査上、質問検査の必要があり、社会通念上相当と認められる範囲内である限り、その実施方法については、税務職員の合理的な選択に委ねられていると解するのが相当である。
これを本件についてみると、前記事実によれば、本件調査は、本件係争年分にかかる原告の申告所得金額が過少であると疑うに足りる相当な理由があつて開始されたものであり、被告両係官は昭和五三年七月二五日に事前通知なく税務調査を試みたが、原告から概括的な説明しか受けられず、同年八月二日の調査は、原告の方からその都合の良い日を指定しなかつたため行われたものであり、同月九日は事前通知をして行つたものである。
そして、立会人の排除を求めることは一般的に税務調査を違法にするとは解されず、本件調査においてこれを違法にする事情は窺えない。
次に原告は、従前の経験に基づく原告の予想を明確な言辞もないまま一方的に裏切り、反面調査を行い、本件各処分に進むという不意打ちを原告に与えた点を挙げるが、反面調査は、原告のとつた同月二二日までの非協力的態度の後に行われたものであるうえ、原告において、その主張する「従前の経験に基づく原告の予想」を理由として右同日まで非協力的態度をとることが許容されるとは到底解されない。
他に本件調査の違法事由について主張立証なく、そうすると、本件調査は、その必要があつて開始されたものであるということができ、これを違法ということはできない。
5 したがつて、被告が本件各処分をするにおいては、原告の本件係争年分の課税総所得金額を推計により認定する必要があつたというべきである。
四 売上金額を推計する前提としての仕入金額について
1 昭和五〇年分について
(一) 別表一昭和五〇年分欄のうち、1、3ないし5、10、16ないし20、26、29ないし31、34及び35は当事者間に争いがない。
(二) 同表同年分の欄2については、成立に争いのない甲第七号証の二及び証人北原今朝幸の証言により成立の認められる乙第一〇号証並びに同証言によれば、五〇八万七〇九九円(原告主張額と一致)であることが認められ、この認定に反する証拠はなく、被告主張額は同年四月分の仕入金額五〇万八〇九八円を五〇万八九八〇円と読み間違えて主張したものと推認されれる。
(三) 同表同年分欄の6については、証人北原今朝幸の証言により成立の認められる乙第一一号証及び弁論の全趣旨により成立の認められる甲第七号証の六の一(一部)並びに同証人の証人によれば、一五万八六五四円であつて、この金額は、被告主張額から同年四月一八日の返品分の七五〇円を控除した額であり、また、原告主張額から右返品分、同年一二月二六日及び同月二九日の返品分の合計一九〇五円、値引合計九四円並びに二〇〇〇円を控除した額であること、乙第一一号証に記載された数値と甲第七号証の六の一に記載された数値は、同年一月から一一月までの間については返品の点を除いて一致していること、右二〇〇〇円は同年一二月分において生じた差額であることが認められ、右二〇〇〇円分の点を除き、この認定に反する証拠はない。
二〇〇〇円分の点については、乙第一一号証が甲第七号証の六の一に比べ日々の売掛を記載した詳細なものであることから乙第一一号証を採用し、右甲七号証の六の一の他に右認定に反する証拠はない。
(四) 同表同年分欄の7については、証人北原今朝幸の証言により成立の認められる乙第一七号証と弁論の全趣旨により成立の認められる甲第七号証の七が存するが、乙第一七号証が甲第七号証の七に比べ日々の売掛を記載した詳細なものであることからこれを採用し、同号証によれば、七七万七九五九円であることが認められ、他にこの認定に反する証拠はない。
(五) 同表同年分欄の8について原告は自白を撤回し、被告主張額を上回る金額を主張するが、ここで検討する仕入金額は、売上金額を推計する前提としての仕入金額であるから、少なくとも被告主張額が存在すれば足り、被告主張額を上回らないか否かまで検討する必要はないから、右趣旨の仕入金額は、弁論の全趣旨により七三万〇八六五円であると認められ、この認定に反する証拠はない。
(六) 同表同年分欄の9については、証人北原今朝幸の証言により成立の認められる乙第一四号証及び同証言並びに弁論の全趣旨によれば、二七万五三三七円であること、被告主張額は同年四月分の合計算定の際誤つて一〇円多く計算したものと認められる。
これに対し、原告は前掲甲第四号証を根拠として被告主張とほぼ一致するものの、それよりも低い金額を主張する。
そこで、仕入金額に関し、原告が原告の仕入及び売上を毎日記載していたとする前掲甲第四号証ないし甲第六号証(黒ノート)の信用性について検討する。
前掲甲第四号証ないし甲第六号証、乙第一〇、第一一、第一七、乙第一四号証、成立に争いのない甲第七号証の一六ないし三、第七号証の一七、証人北原今朝幸の証言により成立の認められる乙第一二、第一三、第一四、第一五及び第一六号証、証人村岡篤史の証言により成立の認められる乙第一九号証、弁論の全趣旨により成立の認められる乙第一八号証並びに原告本人尋問の結果(一部)と弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められ、この認定に反する原告本人の供述は採用することができず、他にこの認定に反する証拠はない。
(1) 黒ノートは、仕入金額については、個々的にはその多くが仕入先の売上金額と一致していること
(2) しかし、黒ノートの記載は現金の出入りが存したときになされており、掛けで仕入たものについては、記載がまつたくなされていないものがあること
(3) 仕入金額記載の一部が脱落していることがあること
(4) 一〇の位が記載されていないものが存すること
(原告は、一〇円単位は値引きしてもらつた旨供述するが、右記載されていない仕入全部についてすべて値引きがなされたことは認めがたく、むしろ記入の際省略していたものと認定すべきである。)
そうすると、仕入については、甲第四号証ないし甲第六号証は、他に証拠がない場合には少なくともその記載金額の仕入が存するという趣旨でその記載金額を認定するこきは可能であるが、他に証拠がある場合には、黒ノートの右特徴に鑑み、他の証拠を採用すべきであり、また、甲第四号証ないし号第六号証に記載されていないからといつて当該仕入金額が存しないと認定することはできない。
したがつて、同表同年分欄の9についても、甲第四号証を採用することはできず、他に前記認定に反する証拠はない。
(七) 同表11の昭和五〇年の九月以降分については、前掲乙第一三号証によれば、被告主張額の九万三七九九円であることが認められ、前記(六)と同様にこの点について甲第四号証を採用することはできず、また、前記(五)で述べたとおり、被告主張額を上回るか否かを検討する必要はないから、右被告主張額を売上金額を推計する前提としての仕入金額の一部として認定する。
(八) 同表同年分欄の12については、前掲乙第一九号証と原告本人尋問の結果によれば、被告主張額が認められ、成立に争いのない甲第七号証の一二はこの認定を覆すには足りず、他にこの認定に反する証拠はない。
(九) 同表同年分欄の13については、前掲乙第一八号証及び弁論の全趣旨によれば、被告主張額が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。
(十) 同表同年分欄の14については、弁論の全趣旨と原告本人尋問の結果成立の認められる甲第七号証の一四に比べ詳細な前掲乙第一五号証を採用して被告主張額が認められ、他にこの認定に反する証拠はない。
(一一) 同表同年分欄の15については、前掲乙第一六号証と原告主張額が被告主張額を上回ることによれば、被告主張額が認められ、前記(六)の述べたとおり甲第四号証はこの認定を覆すものではなく、他にこの認定に反する証拠はない。
(一二) 同表同年分欄の21ないし25、27、28、33及び37について、被告は仕入金額を主張しておらず、前記(五)に述べたとおり、ここでは右が零であるか否かを検討する必要はない。
(一三) 同表同年分欄の32については、前掲乙第一二号証によれば、被告主張が認められ、この認定に反する前掲甲第四号証及び証人塩原孝二の証言により成立の認められる甲第三〇号証の一はただちに採用することができず、他にこの認定に反する証拠はない。
(一四) 同表同年分欄の36については、弁論の全趣旨によれば、被告主張額が認められ、この認定に反する証拠はない。
(一五) 原告は、被告主張の他に別表八仕入高検討表の38ないし40記載の仕入が存する旨主張するが、前記(五)で述べたとおり、右仕入の存否を検討する必要はない。
そして、以上認定した仕入金額を合計すると、原告の昭和五〇年分の仕入金額は、少なくともこれを下がることはないという趣旨で、三六五七万三五七三円であるということができる。
2 昭和五一年分
(一) 別表一昭和五一年分欄のうち、1、3ないし5、8、10、16ないし29、31、32、35及び37は当事者間に争いがない。
(二) 同表同年分欄の2については、前掲甲第七号証の二及び乙第一〇号証によれば、被告主張の仕入金額及び会費四〇〇〇円が認められ、この認定に反する証拠はなく、原告主張額は、被告主張額に比べて四〇〇〇円多いが、これは、右会費分を仕入金額に加えたものと推認される。
(三) 同表同年分欄の6については、前掲乙第一一号証及び弁論の全趣旨により成立の認められる甲第七号証の六の二によれば、被告主張額及びこの金額が原告主張額から同年中の差引分を控除した額であることが認められ、この認定に反する証拠はない。
(四) 同表同年分欄の7については、前掲乙第一七号証及び甲第七号証の七によれば、被告主張額及びこの金額が原告主張額から同年中の返品分及び値引分を控除した額であることが認められ、この認定に反する証拠はない。
(五) 同表同年分欄の9については、前掲乙第一四号証及び弁論の全趣旨によれば、被告主張額が認められ、この認定に反する甲第五号証は、前述のとおり採用することはできず、他にこの認定に反する証拠はない。
(六) 同表同年分欄の11については、前掲乙第一三号証及び弁論の全趣旨によれば、被告主張額であることが認められ、この認定に反する甲第五号証は、前述のとおり採用することはできず、他にこの認定に反する証拠はない。
(七) 同表同年分欄の12については、前記1(八)で述べたところと同様に、前掲乙第一九号証により被告主張額が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。
(八) 同表同年分欄の13については、前掲乙第一八号証及び弁論の全趣旨によれば、被告主張額が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。
(九) 同表同年分欄の14については、前記1(八)で述べたところと同様に、前掲乙第一五号証により被告主張額が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。
(十) 同表同年分欄の15については、前掲乙第十六号証によれば、被告主張額が認められ、甲第五号証は、この認定を覆すに足りず、他にこの認定に反する証拠はない。
(一一) 同表同年分欄の33及び34について、被告は仕入金額を主張しておらず、前述のとおり、ここでは右が零であるか否かを検討する必要はない。
(一二) 同表同年分欄の36については、弁論の全趣旨によれば、被告主張額が認められ、この認定に反する証拠はない。
(一三) 原告は、被告主張の他に仕入高検討表の38ないし40記載の仕入が存する旨主張するが、前述のとおり、右仕入の存否を検討する必要はない。
そして、以上認定した仕入金額を合計すると、原告の昭和五一年分の仕入金額は、少なくともこれを下ることはないという趣旨で、四四三一万〇四二四円(被告主張額)であるということができる。
3 昭和五二年分
(一) 別表一昭和五二年分欄のうち、1、3ないし5、10、16ないし22、24ないし30、33ないし35は当事者間に争いがない。
(二) 同表同年分欄の2については、前掲甲第七号証の二及び乙第一〇号証によれば、被告主張の仕入金額及び会費四〇〇〇円が認められ、この認定に反する証拠はなく、原告主張額は、被告主張額に比べて四〇〇〇円多いが、これは、右会費分を仕入金額に加えたものと推認される。
(三) 同表同年分欄の6については、前掲乙第一一号証によれば、二一万四三二四円であり、この金額は、被告主張額から同年四月分の返品分三五〇〇円を控除した額であることが認められ、弁論の全趣旨により成立の認められる甲第七号証の六の三はこの認定を覆すには足りず、他にこの認定に反する証拠はない。
(四) 同表同年分欄の7については、前掲乙第一七号証によれば、被告主張額が認められ、甲第七号証の七はこの認定を覆すには足りず、他にこの認定に反する証拠はない。
(五) 同表同年分欄の8については、前項1(五)と同様の理由から、弁論の全趣旨により被告主張額を認める。
(六) 同表同年分欄の9については、前掲乙第一四号証及び弁論の全趣旨によれば、被告主張額が認められ、この認定に反する甲第六号証は、前掲1(六)項において甲第四号証について述べたところと同様の理由で採用することはできず、他にこの認定に反する証拠はない。
(七) 同表同年分欄の11については、前掲乙第一三号証及び弁論の全趣旨によれば、被告主張額であることが認められ、この認定に反する甲第六号証は、前項で述べたとおり採用することはできず、他にこの認定に反する証拠はない。
(八) 同表同年分欄の12については、前記1(八)項で述べたところと同様に、前掲乙第一九号証により被告主張額が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。
(九) 同表同年分欄の13については、前掲乙第一八号証及び弁論の全趣旨によれば、被告主張額が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。
(十) 同表同年分欄の14については、前記1(八)項で述べたところと同様に、前掲乙第一五号証により被告主張額が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。
(一一) 同表同年分欄の15については、前掲乙第一六号証によれば、被告主張額が認められ、前述のとおり甲第六号証は、この認定を覆すに足りず、他にこの認定に反する証拠はない。
(一二) 同表同年分欄の23については、弁論の全趣旨により成立の認められる乙第二〇号証及び弁論の全趣旨によれば、被告主張額が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。
(一三) 同表同年分欄の31については、弁論の全趣旨により、被告主張額が認められ、この認定に反する証拠はない。
(一四) 同表同年分欄の32、36及び37について、被告は仕入金額を主張しておらず、前述のとおり、ここでは右が零であるか否かを検討する必要はない。
(一五) 原告は、被告主張の他に仕入高検討表の38ないし40記載の仕入が存する旨主張するが、前述のとおり、右仕入の存否を検討する必要はない。
そして、以上認定した仕入金額を合計すると、原告の昭和五二年分の仕入金額は、少なくともこれを下ることはないという趣旨で、四五六七万二五二六円であるということができる。
五 事業所得の金額
1 算出所得率及び差益率
(一) 証人春日大森の証言により成立の認められる乙第七号証及び第八号証の一ないし四並びに同証言と弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。
被告は、関東信越国税局長が発した通達に基づき、被告管轄地域のうち、原告の住所値である諏訪市、その近隣の岡谷市及び諏訪市と岡谷市の中間に位置し諏訪市に隣接して、取引する青果市場が諏訪市の公設市場である諏訪郡下諏訪町の三市町における個人事業者で、本件係争年分である昭和五〇年から昭和五二年の各年分において、歴年を通じて主として青果物小売業を継続して営んでいる者で、年の中途において開廃、転業など業態に変更がなく、小売のための店舗を自ら所有し、所得税青色申告決算書を提出しており、当該年分については、税務署から更正処分を受け、これに対して不服申立てを行う係争中の者でない者を機械的に抽出したところ、昭和五〇年は一九名、昭和五一年及び昭和五二年は二〇名であつたこと、本件同業者についての差益率は別表二の一ないし三の各1<4>差益率欄記載のとおりであり、被告はこれをを平均差益率算出のための基礎係数とし、本件同業者の平均差益率を右各別表の1ないし3記載の計算(算術平均、標準偏差、限界値及び平均値)により、昭和五〇年一九・二九パーセント(少数点第三位以下切捨て。以下同様)、昭和五一年一八・八二パーセント、昭和五二年一九・五四パーセントとしたこと、本件同業者の算出所得率は、平均差益率を算出した場合と同一の同業者における算出所得率を別表三の一ないし三の各1<4>の算出所得率欄記載のとおりであり、本件同業者の平均算出所得率を平均差益率の算出と同一の方法により、昭和五〇年一一・九一パーセント、昭和五一年一二・二五パーセント、昭和五二年一二・五三パーセントとしたこと
(二) これに対し原告は、本件同業者数は、対象区域の同業者数に比してあまり少ない旨主張し、成立に争いのない甲第二七号証を提出するが、同号証は前記(一)の認定を覆すには足りず、他に前記認定を覆すに足りる証拠はない。
また、本件同業者の抽出に作為が加わったと認めるに足りる証拠はない。
(三) 前記(一)認定事実によれば、被告が抽出した本件同業者は、いずれも青色申告者であつて、その申告の基礎となつた資料の正確性については、一般的にはこれを是認して妨げないから、本件同業者の算出所得率及び差益率の内容は、信用性の高いものということができる。
また、本件同業者は、原告と同一の地域及びその近隣の地域内において、主として青果物小売業を営む者であるから、被告の採用した推計方法は、原告との個別類似性を捨象したものではあるが、平均差益率及び平均算出所得率(以下「本件平均算出所得率等」という。)を計算するにおいて、算術平均かち標準偏差を求め、限界値を標準偏差の一・五倍として異常値を除いたものであり、憲法上は納税は国民の義務であつて、所得税法が実額課税の方法によることができない場合に推計課税を行い得るとしていることに鑑みれば、平均差益率のある程度の抽象性は、平均差益率を原告の差益率とみなす妨げとはならず、本件平均算出所得率等を用いて原告の事業所得の金額を推計することは合理的な方法であるということができる。
これに対して原告は、被告の推計方法が概括的であることを理由にその一般的な違法性を問題とし、また、被告の推計方法は、原告の事業規模等との類似性、店舗面積の比較、原告が雇人を雇つていないことを何ら考慮していないのは不合理であると主張する。
しかし、本件においては、本件平均算出所得率等の合理性が問題なのであるから、被告の推計方法の使用を一般的に違法視することは誤りである。そして、別表二の一ないし三及び別表三の一ないし三を基に検討すると、本件同業者の売上金額、仕入金額と差益率及び所得率との間には相関関係は認められず、また限界値の計算により排除された異例値は、差益率については1または2件、算出所得率については2または3件にすぎず、店舗面積を含め事業規模等の類似性を考慮ずることが直ちに原告の差益率及び算出所得率の近似値を求めるのに有効であるとはいえず、事業規模等の類似性を考慮していないことをもつて不合理とはいえない。
また、前述のとおり、ある程度の抽象性は法の認めるところであつて、原告との類似性、特に他の業者との競争力をつけるための工夫における類似性までをも厳密に要求することは、推計による課税自体を否定することにもなりかねない。
更に、原告は、被告の推計方法は、過当競争地域である地域の特性を何ら考慮しておらず、不合理である旨主張し、原告が営業を営む場所が過当競争地域である旨の証人有賀幸一の証言及び原告本人尋問の結果が存するが、これのみでは未だ被告の推計方法を不合理ということはできず、本件同業者が選定された地域の中で、特に原告が営業を営む場所が客観的に過当競争地域であると認めるに足りる証拠はなく、原告が営業を営む場所が競争の激しい地域であつたとしても、それは抽象性の範囲内というべきである。
2 売上金額
一〇〇パーセントから前項で検討した平均差益率を控除して求めた平均売上原価率を前記認定の仕入金額に乗じて、本件係争年分の売上金額を求めると、次のとおりになる(円未満切捨て。以下同じ。)。
昭和五〇年 四五三一万四七九七円
算式 三六五七万三五七三円÷(一-〇・一九二九)
昭和五一年 五四五八万二九三一円
算式 四四三一万〇四二四円÷(一-〇・一八八二)
昭和五二年 五六七六万四二六二円
算式 四五六七万二五二六円÷(一-〇・一九五四)
3 算出所得金額
前項で求めた本件係争年分の売上金額に前記1で検討した平均算出所得率を乗じて算出所得金額を求めると次のとおりになる。
昭和五〇年 五三九万六九九二円
算式 四五三一万四七九七円×〇・一一九一
昭和五一年 六六八万六四〇九円
算式 五四五八万二九三一円×〇・一二二五
昭和五二年 七一一万二五六二円
算式 五六七六万四二六二円×〇・一二五三
4 特別経費
証人北原今朝幸の証言により成立の認められる乙第二一号証の一、二及び同証言によれば、原告は、その営業の根拠たる店舗兼住宅を昭和四二年に三五〇万円で取得していること、右店舗兼住宅の残存価額を一割、耐用年数を二二年として、減価償却費を定額法で計算すると、一年あたり一四万四九〇〇円となること、店舗兼住宅の総体の面積は一八三・九五平方メートル、店舗部分の面積は一三九・三三平方メートルであることが認められ、この認定を覆すに足りる証拠はなく、右減価償却の計算方法が妥当性を欠く事情は窺えない。
そして、右数値を基に店舗部分についての本件係争年分の減価償却費を計算すると、被告主張の計算式のとおり、各年分とも一〇万九七五二円になり、右金額の他に特別経費とすべき金額が存することは窺えない。
5 事業専従者控除額
前掲乙第一ないし第三号証各二及び弁論の全趣旨(原告は、再抗弁1の実額主張において、被告主張額を自ら主張している。)によれば、被告主張額(昭和五〇年及び昭和五二年分が八〇万円、昭和五一年分が四〇万円)が認められ、この認定に反する証拠はない。
6 事業所得の金額
本件係争年分について、それぞれ前記2の算出所得金額から、前記3特別経費及び前記4の事業専従者控除額を控除して事業所得の金額を求めると、次のとおりになる。
なお、右金額の他に前記2の算出所得金額から控除すべき金額が存することは窺えない。
昭和五〇年 四四八万七二四〇円
算式 五三九万六九九二円-(一〇万九七五二円+八〇万円)
昭和五一年 六一七万六六五七円
算式 六六八万六四〇九円-(一〇万九七五二円+四〇万円)
昭和五二年 六二〇万二八一〇円
算式 七一一万二五六二円-(一〇万九七五二円+八〇万円)
六 課税総所得金額
1 不動産所得の金額
昭和五〇年及び昭和五一年分については当事者間に争いがない。
2 総所得金額
昭和五〇年及び昭和五一年分の総所得金額を、前記五6の事業所得の金額に前記六1の不動産所得の金額を加算して求めると次のとおりになり、昭和五二年分は前記五6の事業所得の金額が総所得金額となる。
昭和五〇年 四七七万七二四〇円
算式 四四八万七二四〇円+二九万円
昭和五一年 六四四万六六五七円
算式 六一七万六六五七円+二七万円
昭和五二年 六二〇万二八一〇円
3 所得控除額
昭和五〇年及び昭和五一年分の各(2)ないし(4)、昭和五二年分の(2)ないし(6)については当事者間に争いがなく、本件係争年分の各(1)社会保険料控除額については、成立に争いのない乙第二二号証によれば、各被告主張額を認めることができ、この認定を覆すに足りる証拠はない。
そして、前掲乙第二号証の一によれば、原告は昭和五一年度の確定申告において、長男の菊池敏郎を扶養者として扶養控除二六万円を計上しているが、証人北原今朝幸の証言により成立の認められる乙第二三号証によれば、菊池敏郎は、株式会社山崎商店においてトラツクの運転及び雑役をして、同社から給与として昭和五一年に九八万七一七六円の支給を受けていたことが認められ、この認定に反する証拠はない。
そうすると、菊池敏郎を原告の扶養者とすることはできず、他に所得控除額とすべきものの存在は窺えないから、所得控除額の合計は、本件係争年分における各被告主張額になる。
4 課税所得金額
前記2総所得金額から前記3所得控除額を控除し、国税通則法一一八条一項により千円未満の端数を切り捨てて算定すると、本件係争年分の課税総所得金額は次のとおりになる。
昭和五〇年 四三四万五〇〇〇円
算式 四七七万七二四〇円-四三万一六六〇円
昭和五一年 五九九万三〇〇〇円
算式 六四四万六六五七円-四五万三五一〇円
昭和五二年 五〇九万四〇〇〇円
算式 六二〇万二八一〇円-一一〇万八〇九〇円
七 再抗弁1・実額主張
原告の主張する売上金額の証拠として、黒ノート(甲第四ないし第六号証)が存するが、次に述べるとおり、これらによつては、右主張金額を認めることはできない。
1 黒ノートの売上金額に関する記載については、記載の正確性を裏付ける証拠がないこと
2 前記四1(六)の認定事実及び前掲甲第四ないし第六号証に証人北原今朝幸の証言、原告本人尋問の結果(一部)によれば、次の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。
原告は、配達及び売掛けによる売買も行つていたが、これらの売買に関する記載は黒ノートにはなされていないこと
そうすると、前記認定のとおり、原告は黒ノートに現金の出入りについては記載していたものの、黒ノートには掛けで仕入たものについて記入しないものがあつたのであるから、売上代金についても即時の現金の出入りのないものについては記載されていないものが存すると推認されること(右推認に反し、原告本人の、売掛け分については、これを回収した際に、黒ノートに記載される手順に乗せた、掛売りに係る記載がメモ程度のもので、売掛金回収後破棄した旨の供述は、現金の取扱方法として迂遠であり、また、売掛債権は売主の方が顧客よりも関心をもつて管理するのが通常と思われるのに原告の供述する方法は杜撰であつて、不自然で信用できない。)
したがつて、黒ノートには売上金額がすべて記載されていると認めることは到底できず、また他に原告主張の売上金額を認めるに足りる証拠はない。
また、経費欄の金額を認めるに足りる証拠もなく、原告の本件係争年分の課税所得金額を実額で捉えることはできず、再抗弁1を採用することはできない。
八 再抗弁2・推計
1 主位的主張について
前記のとおり、黒ノート(甲第四ないし第六号証)により売上金額を認めることはできず、他に本件係争年分の売上金額を認めるに足りる証拠はなく、したがつて、再抗弁2の主位的主張を採用することはできない。
2 予備的主張について
原告は、自らした青色申告決算書による昭和五四年ないし昭和五六年分の所得税の申告を基に原告自身の昭和五四年ないし昭和五六年における差益率の平均を計算し、これを用いる推計方法を前記被告主張の推計方法よりも合理的な推計方法として主張する。
しかし、いわゆる本人率が常に正確で、係争年分の所得を推計するについて合理性を有するものであるということができるものではなく、また、本人率といつても、前記一のとおり、本件各処分は昭和五三年一一月一一日になされ、これに対する異議申立ては昭和五四年一月一一日になされている(別紙一)から、原告が主張する本人率は、本件各処分のなされた後に、原告が自らした確定申告を基に算定したものであり、本件係争中になした申告に基づくものであつて、係争中の者のした申告の基礎となつた資料の正確性については、一般的な場合と異なり、これを是認することはできない。
したがつて、昭和五四年ないし昭和五六年分の原告の課税総所得金額が原告の青色申告決算書により確定していたとしても、その記載内容をそのまま本件係争年分の課税総所得金額を推計するのに採用し得るとは言い難く、それを用いる方法が前記被告主張の推計方法に比べ、合理性を有する推計方法であるということはできない。
よつて、再抗弁2の予備的主張を採用することはできない。
九 以上によれば、本件各処分のうち、更正処分は、いずれも本件係争年分における各課税総所得金額の範囲内でなされたものであり、また、右各更正処分により納付すべき各所得税額に一〇〇分の五の割合を乗じて計算した金額を過少申告加算税として課されたものであるから、本件各処分はいずれも適法である。
一〇 結論
以上のとおり、本件各訴えのうち、被告が昭和五三年一一月一一日付でした原告に対する昭和五〇年分所得税の更正処分につき、総所得金額八六万四六〇〇円を超えない部分、昭和五一年分所得税の更正処分につき、総所得金額九三万三九〇〇円を超えない部分、昭和五二年分所得税の更正処分につき、総所得金額一二八万八三六四円を超えない部分は、いずれも訴えの利益がないからこれを却下し、その余の原告の請求は、いずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 山崎健二 裁判官 辻次郎 裁判官 原道子)
別紙一
昭和五〇年分
<省略>
別紙二
昭和五一年分
<省略>
別紙 三
昭和五二年分
<省略>
別表一
仕入金額一覧表
<省略>
別表二の一 差益率計算表(昭和50年分)
1 基礎係数及び標準偏差の計算
<省略>
2 限界値(上限、下限)の係数
<省略>
3 平均値の計算
<省略>
4 平均売上原価率の計算
(平均偏差率) (平均売上原価率)
100(%)-19.29(%)=80.71(%)
別表二の二 差益率計算表(昭和51年分)
1 基礎係数及び標準偏差の計算
<省略>
2 限界値(上限、下限)の係数
<省略>
3 平均値の計算
<省略>
4 平均売上原価率の計算
(平均偏差率) (平均売上原価率)
100(%)-18.82(%)=81.18(%)
別表二の三 差益率計算表(昭和52年分)
1 基礎係数及び標準偏差の計算
<省略>
2 限界値(上限、下限)の係数
<省略>
3 平均値の計算
<省略>
4 平均売上原価率の計算
(平均偏差率) (平均売上原価率)
100(%)-19.54(%)=80.46(%)
別表三の一 差益率計算表(昭和50年分)
1 基礎係数及び標準偏差の計算
<省略>
2 限界値(上限、下限)の係数
<省略>
3 平均値の計算
<省略>
別表三の二 差益率計算表(昭和51年分)
1 基礎係数及び標準偏差の計算
<省略>
2 限界値(上限、下限)の係数
<省略>
3 平均値の計算
<省略>
別表三の三 差益率計算表(昭和52年分)
1 基礎係数及び標準偏差の計算
<省略>
2 限界値(上限、下限)の係数
<省略>
3 平均値の計算
<省略>
別表四
仕入高表
<省略>
別表五
補充仕入高表
<省略>
備考欄は、別表一の順号との対応を示すものである。 ※一の全額に加算すべき金額
別表六
<省略>
別表七
推計による所得(主位的)
<省略>
注1、<7>は、
被告準備書面(一)第三ないし第五の順号2から、順号9(昭和52年分だけは同7を差し引い金額
注2、自家消費分は、原告供述「一家の一ケ月の生活費は、13~16万円、自家消費分はそのうち3割」によっている(多くて一ケ月約五万円、年間60万円)
注3、昭和50年分の売上金額については、塩原孝二に対する反対尋問で指摘された、甲第1号証の3ケ所の誤り分を訂正してある(甲第1号証の合計額75,000円加算している。)
推計による所得(主位的)
<省略>
推計による所得(主位的)
注1、売上金額算出根拠の0.86は、原告の昭和54~56年青色申告決算書中の各差益率を平均した0.139を1から差し引いたもの
注2、売上金額欄の( )内の数次は、次の計算式によって算出したもの
〔( )=仕入金額×(1-0.05)×1.15+仕入金額×0.05×1.0〕
別表八
仕入高検討表
<省略>
<省略>
<省略>
<省略>
仕入高検討表
<省略>
<省略>
<省略>
<省略>
((☆ 計算に誤りがある。))